大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

仙台高等裁判所 昭和36年(ナ)2号 判決

原告 元粕幸郎

被告 岩手県選挙管理委員会

主文

昭和三六年四月二〇日施行された岩手県東磐井郡千厩町議会議員選挙における当選の効力に関する伊藤孝市ほか一名の訴願に対し、被告が同年七月四日付をもつてなした裁決の中、当選人菅原良雄の当選はこれを無効とするとの部分を取り消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実

(原告の主張)

原告訴訟代理人は主文同旨の判決を求め、その請求原因として次のとおり述べた。

第一、原告は昭和三六年四月二〇日施行の岩手県東磐井郡千厩町議会議員選挙の選挙人である。右選挙において候補者菅原良雄は同町選挙会の決定により、その得票二一七票五九九をもつて二六位(最下位)に当選したところ、その得票中には「菅良」と記載された投票をもつて菅原良雄と別候補者菅原良士とに按分したものも加算されているのであるが、選挙人伊藤孝市、千葉進義両名より右按分を不当として異議の申立、ついで訴願のあつた結果、被告は同年七月四日付をもつて右訴願を容認し、菅原良雄の得票中「菅良」と記載のあるものは、すべて菅原良士の得票であるとして菅原良雄の得票中からこれを減じ、結局同人の得票数は二一四票一三〇であるとして、その当選を無効とするむねの裁決をなし、同月一一日岩手県報をもつて被告委員会告示第一六号としてこれを告示した。

第二、しかしながら右裁決は次のような理由により失当である。

(一)  右「菅良」と記載のある投票は一四票あるのであつて、

(1) 候補者菅原良士はその通称を「菅良(かんりよう)」と称されているものであるが、その選挙ポスターには、「かんりよう」とカナ書きで投票されたいむねの記載はあつても、漢字書きの「菅良」の文字は全然記載されていないばかりでなく、

(2) 同良士の郵便はがき推せん状には「菅良」と記載すれば同名の候補者があり紛らわしいから、必ず「菅原良士」または「かんりよう」と記載されたいむね特に明記してある。

(3) 一方、候補者菅原良雄は前町議会議員であつて、常に「菅良」と刻した印章を使用しており、議員の出勤簿にもこれを使用していた事実があり、

(4) また同良雄の狩猟仲間多数は良雄を「すがよし」さんと呼んでいる。

以上の諸点から右「菅良」の一四票は公職選挙法第六八条の二の規定に従い、当初の選挙会の決定のように菅原良士と菅原良雄に按分されるべきが当然であるのに、被告がこれをすべて菅原良士の得票としたことは右実情を無視した独断である。

(二)  菅原良雄は「入金(いりかね)」とも称されているのであるが、被告において無効投票とみなしたものの中に、「入」の字に酷似した投票が二票存在する。これはいわゆる文盲者またはこれに近い投票者が「入」字を記載したものと認めるべきであつて、これを抹殺を意味する×の記号と見るべきでないことはその運筆の状態からみても明らかである。しからば被告が「シロー」の投票が候票者及川信郎の「シンロー」を意味するものとの好意的解釈をとる精神に鑑みるときは、右の二票を単なる無意味の記号として無効視すべきではなく、菅原良雄の通称「入金」を意味するものとして、同人の得票に計算すべきものである。

以上の事実により被告の認定した菅原良雄の前記得票に右二票を加算するときは、その得票数は二一六票一三〇となつて第二六位の当選者となるべく、また「菅良」の一四票を良雄の得票二一四票と、良士の得票として決定された六〇一票中より右一四票を差引いた五八七票とに応じて按分するときは、良雄に対して三票七四〇を配分加算することとなり、同人の得票数は二一九票八七〇となつて、第二五位の千葉盛子の二一七票二五一以上となるのである。

被告主張の五項記載の事実の中、伊藤孝市らが異議申立をし、被告の訴願裁決書の交付および告示があるに至るまでの経過、日時が被告主張のとおりであること、右裁決の理由がその主張どおりであること、菅原良雄の住所が千厩町奥玉地区で、前回の昭和三二年四月の同町議会議員選挙に際し、奥玉選挙区における良雄の得票中に「菅良」または「すがよし」と記載された投票が一票も存在しなかつたことは認めるが、今回の選挙の選挙区は右奥玉選挙区も千厩町選挙区に併合され、選挙区域が広くなつているのであり、殊に前記の良雄の狩猟仲間は、町村合併前の旧奥玉村内よりもむしろ旧小梨村の清田および北小梨地方に多数居住しているのであるから、被告主張のようなこの点に関する裁決理由は軽卒といわねばならない、と述べた。

(被告の主張)

被告訴訟代理人は「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする」との判決を求め、答弁として次のとおり述べた。

一、原告主張の請求原因事実中第一項ならびに第二項のうち「菅良」と記載された投票が一四票あることは認める。

二、第二項の(一)の(1)、(2)のポスターおよびはがきは菅原良士の使用したもののうちの一部にすぎず、その数はともに三百枚ずつであつて、その頒布や掲示に限度があり、必ずしも全選挙人に頒布または周知されたものとは限らないし、また、右ポスター、はがきはその記載に徴しても(甲第一、第二号証)菅原良士の通称が「菅良(かんりよう)」であることを否定するものでなく、むしろ同人が通常一般の人達より「菅良(かんりよう)」と呼ばれていることを裏書するものにほかならない。

三、請求原因第二項の(一)の(3)の「菅良」と刻した印章については、菅原良雄が昭和三五年一二月二三日以降昭和三六年四月までに四回(一〇個)にわたつて、千厩町議会議員出勤簿に押捺していることは認めるが、それ以前には同人が昭和三二年四月に右議員に当選以来「菅原」と刻した印を使用しており、右「菅良」印は任期満了の四ケ前から使用しているにすぎないものである。しかし、これをもつて菅原良雄の通称が「菅良」であるという理由とはならない。そもそも通称というのはその当人に対する一般人の呼び名であつて、当人が便宜使用している印章に記載したものが必ずしもその者の通称であるということはできない。

四、請求原因第二項の(4)の事実は争う。

五、菅原良士は菅良商店の看板を掲げ肥料商や運送業を手広く営み、通常一般の人達より「菅良(かんりよう)」と呼称され、本名よりもむしろ「菅良」の方が千厩町内はもとより町外までも周知されており、本名を知らない者でも「菅良(かんりよう)」といえば菅原良士であることが判るほどである。一方菅原良雄の住所は千厩町奥玉地区で、同人は「入金(いりかね)」と呼称されており、また前回の昭和三二年四月に施行した千厩町議会議員選挙の奥玉選挙区における菅原良雄の得票中には「菅良」または「すがよし」と記載した投票が一票も存在せず、千厩選挙区における菅原良士の得票中には「菅良」と記載した投票が四一票、「かんりよう」または「カンリヨウ」と記載した投票が三五票存在した。公職選挙法第六八条の二の規定は、同一の氏名、氏または名の候補者が二人以上ある場合において、その氏名、氏または名のみを記載した投票は、何人に投票したか不明なものとして無効投票とするよりも、選挙人の意思を尊重して、それらの候補者のいずれかに投票する意思が明らかなものと解し、これを有効投票として関係候補者の得票中に按分加算すべき趣旨と解される。また投票用紙に記載すべき候補者の氏名は戸籍上の氏名に限らず、通称をも含むものと解せられるので、右法条に従い按分の対象となるべき投票は、同一の氏名、氏または名あるいは通称でなければならないのである。本件において「菅良」と記載された投票は、菅原良雄の氏の一字および名の一字とは合致しているけれども、前述のとおり同人の通称とは認められないので按分の対象となるものではない。すなわち菅原良士の通称を記載したものと認めるべきものであるので、被告が以上の理由によつて本件裁決をなしたことは正当である。

なお、本件選挙における当選人決定の告示は昭和三六年四月二〇日であり、伊藤らが同町選挙管理委員会に対して異議の申立をしたのが同年五月一日、これに対する同委員会の決定書の交付および告示は同月一一日、本件訴願の提起は同月二七日である。

(証拠)〈省略〉

理由

原告は昭和三六年四月二〇日施行の岩手県東磐井郡千厩町議会議員選挙の選挙人であること、右選挙において候補者菅原良雄は同町選挙会の決定によりその得票二一七票五九九をもつて二六位(最下位)に当選し、同日当選人決定の告示がなされたところ、右得票中には「菅良」と記載された投票をもつて菅原良雄と、別候補者菅原良士に按分したものも加算されているのであるが、選挙人伊藤孝市、千葉進義の両名は同年五月一日右按分不当を理由に同町選挙管理委員会に異議を申し立て、同月一一日に交付および告示のあつた同委員会の決定を不服として、同月二七日更に被告に訴願を提起し、被告は同年七月四日付をもつて右訴願を容認し、「菅良」と記載された投票を右のように按分したことを不当として、これをすべて菅原良士の得票とすべきものとし、菅原良雄の前記得票中から右按分票を減じた結果、同人の得票数を二一四票一三〇であると認定して、その当選を無効とするむねの裁決をなし、同月一一日岩手県報をもつて被告委員会告示第一六号としてこれを告示したこと、「菅良」と記載された投票が一四票存在することは当事者間に争いがなく、原告が右裁決告示の日から三〇日以内に本訴を提起したことは本件記録上明白である。 (右「菅良」の一四票は何人に対して投票されたものか)

選挙人が投票用紙に記載すべき候補者の氏名は、その戸籍簿上の氏名に限らず、その通称を記載する投票も、それによつて当該候補者に対する投票であることが明らかに確認できる場合は有効であると解すべく、また候補者中に同一の通称を有するものが二人以上ある場合には、右通称を記載する投票は当該候補者らに、そのほかの有効投票数に応じて按分加算すべきことも公職選挙法第六八条の二の規定に照し明らかである。本件において菅原良士の通称が「菅良(かんりよう)」であることは当事者間に争いがなく、従つて問題は菅原良雄の通称もまた「菅良」といわれているか否かに存する。

証人菅原禎二、和田喜美男の各証言によつて成立の真正なることが認められる乙第二ないし第四号証の各一ないし一〇、証人松本修三、千葉政一、佐藤工、佐藤秀一、和田喜美男の各証言、検証の結果を総合すれば、「菅良」が「かんりよう」と音読されて菅原良士の通称として一般に周知されているのに対し、菅原良雄の通称は「入金(いりかね)」といわれることが普通で、「すがよし」との呼称は殆んど用いられないこと――殊に同人が文通その他書面上「菅良」の漢字二字をもつて通称とされているとの点については、後記の印章を除いては何らの証拠もない――、前回の昭和三二年四月の千厩町議会議員選挙においては、菅原良雄の選挙区は町村合併前の旧奥玉村地区、菅原良士の選挙区は町村合併前の旧千厩町地区と両者その選挙区を異にしていたのであるが、その際菅原良士の得票中に「菅良」と記載されたものが四一票あつたのに対し、菅原良雄の得票中には「菅良」と記載されたものは一票も存せず、また本件選挙においても菅原良雄の得票中「すがよし」もしくは「スガヨシ」と記載されたものは一票も存しないことが認められる。従つて本件選挙における「菅良」と記載された一四票は、すべて菅原良士の得票とすべきものであつて、菅原良雄に按分されるべきいわれはなく、以上と同趣旨の理由に基き(このことは原告の認めるところである)菅原良雄の得票数は二一四票一三〇と認定した被告の本件裁決は、その限度において何らの不当はないというべきである。

もつとも証人及川大治郎、元粕盛雄、魚住亨音の証言によれば、菅原良雄の狩猟仲間のうちには同人を「すがよし」と呼ぶものもあり、しかもそれらのものの居住地が千厩町内の旧奥玉村地区以外にあるものもあるようであるが、前記認定の諸事実に徴し、なんら右裁決の正当性を覆えすに足るものではなく、またカナで「かんりよう」と書いて下さいとの記載のある菅原良士の選挙運動用ポスター(甲第一号証)、「菅良」と書くと同名の候補者がいるので必ず「菅原良士」又はカナで「かんりよう」と記載されたいむねの記載のあるはがき(甲第二号証)が一部掲示または頒布されたこと、菅原良雄が前回の昭和三二年四月千厩町議会議員選挙に当選し、昭和三五年一二月二三日以降昭和三六年四月任期満了に至るまで約四ケ月間四回(一〇個)にわたり「菅良」と刻した印章をもつて議員出勤簿に押捺していることは被告の認めて争わないところであるが、このことの故をもつて直ちに菅原良雄の通称が「菅良」であると速断することのできないことはいうまでもない。同人が右「菅良」印を右期間を越えて常時使用していたことについては何らの証拠もない。

しからば、右「菅良」の一四票を菅原良雄にも按分加算すべきことをもつて被告の裁決を攻撃する原告の主張は採用の限りではない。

(「入」字と認めるべき投票の存否について)

菅原良雄の通称が「入金(いりかね)」であることは当事者間に争いがなく、検証の結果によれば、同人の本件選挙における得票中に「入金」と記載のあるものが三票、「いりかね」、「イリカネ」、「えりかね」等と記載のあるものが三四票存在することも明らかである。

しかして右検証の結果によれば、被告が無効投票と認定したものの中に「」と記載されたもの、「」と記載されたものが各一票ずつ存することが認められる(右検証調書添付写真二葉参照)。

これらの記載は「入」字以外に余分に附加された部分があつて一見判読しがたいかのようであるが、その筆跡運筆からみて、文字の記載に不馴れな選挙人が記載した単なる稚拙な「入」字と見ることはさして困難ではなく、しかも本件選挙における候補者中その氏名に「入」の字を有するものは一人も存しないことは成立に争いのない乙第一号証によつて明らかであり、またその通称に「入」の字を有するものは「入金」の通称を有する菅原良雄のほかに存在しないことについて被告が明らかに争わない事実に徴し、右二票は右の文字の記載に不馴れな選挙人が菅原良雄に投票する意思をもつて記載したものと認めることができるから、有効投票として同人の得票に算入されなければならないものである。

(むすび)

しからば、菅原良雄の得票数は先に認定した二一四票一三〇に右二票を加えて二一六票一三〇となり、右乙第一号証によればその得票順位は第二五位の千葉盛子の二一七票二五一に次ぎ、第二六位とされた及川信郎二一五票を上廻るもので、菅原良雄は最下位(第二六位)当選人であるとしなければならない。

以上のとおりであるから右「入」字二票の存在を看過してなした被告の本件裁決は不当として取り消されるべきものであり、原告の本訴請求は正当として認容されねばならない。

よつて訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用し、主文のとおり判決する。

(裁判官 村上武 上野正秋 新田圭一)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例